
アルルの旧市街の眺望。アルルは、ローマ時代の遺跡が残る美しい町だが、ゴッホは、この町の建築には興味を示さず、周囲の人々を多く描いている
こんにちは、猫のたまです。今月はゴッホを巡る旅をお届けしています。
パリでの生活に疲れ、光を求めて南仏に移り住んだゴッホ。北部ヨーロッパに生まれた人たちにとって、南仏の明るい光は憧れです。特にプロヴァンスはこの地方独特のミストラルという強い風が吹いていて、とても空気が澄んでいます。パリで日本から輸入された浮世絵に出会ったゴッホは、その明るい色彩に衝撃を受け、求める理想の光に近いと考えたアルルで、次々と後世に有名になった作品を描いています。

アルルの旧市街で我が同胞に出会う

アルルの「夜のカフェテラス」が描かれたカフェ。現在もカフェだが、地元の人の評判は芳しくない

アルルの「黄色い家」があった場所。第二次世界大戦中に爆撃を受け、建物は残っていない
アルル時代にゴッホが描いた「ひまわり」は、黄色をベースに明るく生き生きと描かれています。パリから友人のゴーギャンを呼び寄せ、「黄色い家」で、精力的に制作に打ち込んでいたアルル時代が、ゴッホの人生の絶頂期だったのかもしれません。しかし、そんな時期は長続きせず、ゴーギャンとの共同生活もうまくいかず、挙句の果てに自分の耳を切り落として馴染みの娼婦に届けるという奇態を演じ強制入院させられます。その後、アルルから車で1時間ほどのところにあるサン=レミ=ド・プロヴァンスにある精神病院で療養生活を送ることになります。

フィンセント・ファン・ゴッホ(1853~1890)《ひまわり》
1888年 油彩 ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム
©︎ Van Gogh Museum, Amsterdam, the Netherlands

サン=レミ=ド・プロヴァンスにある精神病院。病棟から見る中庭。今でも精神病院として機能しているが、ゴッホが療養していた病棟を一般公開している