
ゴッホが「ジャガイモを食べる人々」を描いたヌエネンの広場
こんにちは、猫のたまです。今月は、オランダとフランスを中心にゴッホを巡る旅をお届けします。
ゴッホはオランダ南部のブラバント州ベルギーとの国境沿いの村、ズンデルトに生まれ16歳になるまでこの地で過ごしました。今でも長閑な田園風景が広がるこの辺りは、元々、カトリック教徒が多く住む地域で、プロテスタントの牧師だった父親の赴任でこの地にやってきたゴッホ一家は、この小さな村ではかなり異端な存在でした。同じ年頃の友人と遊ぶこともあまりなく、家族と共に過ごす時間が長かったゴッホは、「神は自然に宿る」というプロテスタントの教えに則り、よく周囲の田舎道を家族で散歩したそうです。

ゴッホの生家の正面に建つ、ズンデルトの市庁舎

ズンデルトにあるゴッホの生家跡の記念館の内部。ゴッホ一家の当時の生活の様子を知ることができる。

牧師をしていたゴッホの父親が使っていた当時の聖書が、今でも教会で使われている
27歳で画家を志すまでのゴッホは「迷走」と言ってもいいほど紆余曲折の青年時代を過ごしています。牧師を志すも学業半ばで挫折、さまざまな女性問題を起こし、親戚が経営する画商で働くも長続きせず…..。厳格な聖職者のお父さんと息子に甘いお母さん、という割と現代にもありそうなパターンで、何気にシンパシーを感じます。
ハーグで知り合った娼婦との生活が破綻し、30歳の時に両親の住むヌエネンの家に転がり込んだゴッホは、この地で全作品数の約4分の1にあたる、551点の油彩と素描を描いています。ゴッホの初期の名作「ジャガイモを食べる人々」はヌエネンで描かれました。ゴッホが渾身の思いを込めて描いた大作でしたが、当時の人々からの評判は散々で、失意のゴッホはオランダを後にし、二度と生まれ故郷に戻ることはありませんでした。

ヌエネンの教会。骨折して動けなくなった信心深い母親のために「お母さんが教会に行けないなら、僕が教会をお母さんに持ってきてあげる」と言って描いた作品

フィンセント・ファン・ゴッホ(1853~1890)《ジャガイモを食べる人々》
1885年 油彩 ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム
©︎ Van Gogh Museum, Amsterdam, the Netherlands